THIS IS YOUR LIFE.

私以外私じゃないの

思考のミニマル化への努力と、見えてくる価値観〜夏が来る〜

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以前も言及しているとおり、筆者は三十路のわりに一人暮らしを始めてまだ3年ほどになる。

実家暮らしは良い。

仕事で心も体もズタボロになって帰宅しても、美味しいごはんとほかほかお風呂とあったかい布団がもれなく待っている。
季節の変わり目にふと訪れる寂しくてどうしようもない夜だって、同じ家の中に人の気配があるだけでずいぶんと救わわれる。

実家暮らしのデメリット

フィジカル的なデメリットは、大体の大人が経験していることだと思うので割愛するとして、私の実家はマンションなので特にそうかもしれないが、自分自身の価値観の成長が非常に遅れるように思う。

今でこそシンプルライフを提唱する人口が増えているが、私たちの親世代は物を所有することがステータスな世代。
実家がモノに溢れている、という人が多いと思うが、私ももれなくそれに当てはまる。

既に自分の意思で選んでいないモノであふれた空間に暮らしていると、
本当は何が必要で何がそうでないか、
本当は何が好きで何が嫌なのか、わからなくならないだろうか?

人間関係も定期的な断捨離が必要

私事ですが、以前のブログにも書いたやたら縁のある3人の男がおりまして、

thisisyourlife.hateblo.jp

本当に切っても切れないというか、会いたくないと思ってる時に限って近所で会っちゃったりとかしてね。

でもこの人達とは色々あったゆえ、もう友達に戻れるような間柄ではない。
かと言って、彼等は自分と仲間がいちばん大事で、私のことを大事にしてくれることは後にも先にも無いだろう。

というわけで、縁を切ることにしました。

断捨離〜ミニマリズムは自らのあらゆるジャンルの価値観を変化させてくれて、
案外繊細な自分にとって負担になる人間関係は正直に整理することができるようになったのは、昨年末あたりからの話。

人は成長のスピードもそれぞれ違う。
いつまでも同じ友達と足並みを揃え続けていられるかというと、そうでもないわけで、
その居心地の悪さにはもっとみんな正直になっていいと思うのだ。

そう考えるとこじらせて失敗したことも多い私の人生。
既に捨てたものも、捨てたいものも、なんだかたくさん持ちすぎている。

執着したい想い出があるのも幸せ

先月誕生日を迎えた私は、ちょうど父の半分の年齢になった。
つまり、父は今の私の年齢の時には、すでに父親になっていたということだ。

親世代の片付けられなさに悩むミニマリストは多いと見受けるが、

↑ゆるりまいさんの捨てエピソードにはいつも共感しまくる。

過去に、今でもしがみつくほどの栄光があるってすごくないですか?

父の場合は、バブル期にバリバリの銀行マンで、たくさん稼いで母と私と弟の3人家族を養ってきたことが何よりの栄光、という人。
昔は朝7時半から終電まで毎日働いていておまえたちの寝顔しか見れなかったんだよ、なんてエピソードは、今までに何千回聞いたかわからないくらいだ。

わたしは未来を創るために、不要な荷物は手放す。

親になって家族を所有してもおかしくない年齢になっても、私はまだ試行錯誤を続けている。
まだ執着したいほどの栄光が見当たらないのは、体を張ってまで守りたいなにかを、まだ見つけられていないからかもしれない。

それに出会った時にすぐに手を差し伸べることができるように、まずは不要な荷物を下ろすことを選びたいと思う。

ちょっとおセンチな今夜は、この曲を聴きながらお別れです。
いい夢見ろよ!


忌野清志郎 「パパの手の歌」 清水建設 【Respect】 - YouTube

 

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あれ?なんか途中からすげー論点ズレてる。まいっか!